新海誠監督の最新作『すずめの戸締まり』を観た。
あまりにも良かったので、帰宅してすぐ『君の名は。』と『天気の子』を久々に見たところ、それらの良さにも改めて気付くことができた。
それからしばらくこの三部作のことばかり考えてきたけど、あまり話を広げるとなかなかまとまらないので、とりあえず『すずめの戸締まり』に絞って話をしたい。
なお、さっそく小説版の方も購入して読んだので、これを参考に本編の流れに沿って感想を書いていくことにする。
・「今日はお弁当忘れんでね」
気合の入った「おばさん弁当」を昨日鈴芽が忘れたことが「重さ」を表している描写。
アニメでは一見日常のワンシーンにしか見えないくらいさりげなかったけど、小説では鈴芽のモノローグがあるので結構直接的な表現になっていたりする。
・「わたしーっ!あなたとーっ、どこかで会ったことがあるような気がーっ!」
ただの一目惚れで学校をほっぽり出して廃墟まで行くか?とも思ったけど、クライマックスで12年前に鈴芽は草太の姿を見ていたことがわかって納得。
・要石
物語の後半、ミミズに刺した要石(草太)は現世からは手出しできないということで鈴芽は自分の後ろ戸を探しに行くことになるわけだけど、そうなると何故ここでは要石(ダイジン)が現世から簡単に抜けたのかという疑問が残る。
ダイジンと同じように考えれば、草太を刺したあとは東京の後ろ戸の前に椅子が刺さっていて自由に抜き刺しできるというややシュールな状態になるはずでは…
・椅子
草太が椅子になるという、ちょうどいいファンタジー感のキャッチーな設定は、『君の名は。』の入れ替わりを彷彿とさせる。
正直予告を見たときは「なんじゃそりゃ」と思わないでもなかったけど、この絵面の可笑しさは序盤の雰囲気にぴったりだった。
・「ここでさよならだ」→「あのなあ……」
大好きなギャグシーン①。
鈴芽と草太の距離がグッと縮まり、二人の大まかな関係性が決定付けられた瞬間でもあったと思う。
・「死ぬのが怖くないのか!?」「怖くない!」
「生きるか死ぬかなんてただの運」という、あの日以来持ち続けてきた鈴芽の死生観が強く表れた即答。
・「鈴芽は魔法使いじゃけんのう」
「魔法使い」という表現は、本作が『魔女の宅急便』にインスピレーションを受けていることに由来する部分もあるだろうか。
・「どうやってお礼したらいいのか……」
千果がいい子すぎて泣きそうになった。
彼女とのガールズトークは鈴芽と草太の関係性にも大きな影響を与えていることだろう。
・ポテトサラダ
『天気の子』でチャーハンを作って食べるシーンが好きなんだけど、それに通ずるものがある良いシーンだった。
・新幹線に乗る鈴芽と草太のテンションの差
大好きなギャグシーン②。
とにかく鈴芽がかわいい。
宮崎から東京までは、鈴芽と草太がダイジンに振り回される形で旅をしながら、行く先々で人や土地と触れ合って影響を受けていくロードムービーといった様相。
コミカルで、ハートウォーミングで、とにかく観ていて楽しかった。
・「今は俺が要石なんだ」
東京にミミズが落ちるという緊迫感の中で衝撃の事実が明かされ、自然と心拍数が高まった。
草太が要石になってしまった以上刺さない選択肢はなかったとはいえ、世界を救うために大切な人を自らの手で常世に送ることになった鈴芽を思うとやりきれない気持ちになる。
・「草太さんのいない世界が、私は怖いです!」
鈴芽の口から「怖い」という言葉が出ることは、鈴芽の中の大きな変化と、それを起こさせるだけの草太への感情の大きさを表しているように思える。
ただ、この時点で鈴芽は草太に対する恋愛感情をほとんど自覚していないので、あくまで戦友としての意識でこのセリフを言ったのだろう。
一方で、それに対してひとしきり愉快そうに笑ったあとに常世への行き方を教える羊朗は、後の環と同じく「要するにあんた、好きな人のところに行きたいっちゃろ?」とでも思っていそうな感じだった。
・「靴を借りるね、草太さん」
『すずめ feat.十明』をバックに、草太の家で黙々と身支度をするシーン、鈴芽の決意や覚悟がありありと伝わってきて本当に好き。
特に、草太の私物であるブーツを鈴芽が身に着けるという演出には思わず胸が熱くなった。
東京では、草太を失うという悲劇を経て鈴芽に様々な変化が表れ、この物語の主人公としてスイッチが入るところが見どころだった。
・鈴芽と芹澤と環
まさかこの3人でドライブをすることになるとは、完全に予想外の展開だったし、どこをとっても一触即発のトリオがどんな波乱を巻き起こすのかワクワクした。
そして、物語に緊張が張り詰める一方でクライマックスまではまだ時間があるという中、芹澤の存在が清涼剤となって一度場を和ませてくれたのがありがたかった。
・「私の人生返してよ!」
初見で最も衝撃的だったのは間違いなくこのシーン。
最初の方は、たしかに独り身で遺児を引き取るというのは並大抵のことではないよな…と同情しながら聞いていたけど、取り返しのつかないような言い合いに発展してからはとても見ていられなかった。
直後にサダイジンが出てきてその場が収まったから良かったものの、正直ちょっとしたトラウマになったかもしれない。
ただ、相当な荒療治ではあったけど、その後の二人の関係の変化を考えるとそれだけのことをした価値はあったかな、とも思う。
・「あ、直った」
大好きなギャグシーン③。
ここは笑いどころですと言わんばかりにすべての音がピタッと止むこともあり、映画館でも必ずクスクスという笑い声があちこちから漏れていた。
・「ぜんぜん、それだけやないとよ」
この映画で一番好きなセリフ。
喧嘩の時にはたくさんの言葉をぶつけたのに、環の深い愛情を再確認するにはたった一言で十分だった。
ところで、本作を観た人はRADWIMPSの『Tamaki』を絶対に聞いて、最初の1フレーズの衝撃を味わってほしい。
環がこれまで抱えてきた苦労や苦悩と「それだけやない」部分を真っすぐな言葉で綴り、色々と複雑なものを抱えながらも固い絆で結ばれている二人の関係を表現した、本当にすごい曲。
・絵日記
そう来るとわかっていても思わず息を呑まずにはいられない、パワーのある演出。
・「好きな人のところ!」
急に恋愛映画みたいなことを言ったな、と少し驚いた。
命に替えても助けたいと思えるほどの恋心を育むにはあまりにも短い時間だったし、鈴芽の草太に対する恋心は初日に一目惚れして頬を赤らめていたときから大して変わっていないと個人的には思っている。
それでもこういう言葉が出てきたのは、純粋な恋愛感情というよりも、人知れず世界を救ってきた良き戦友としての絆や愛情がかなり強いからではないだろうか。
あとはシンプルに、環さんの「要するにあんた、好きな人のところに行きたいっちゃろ?」という言葉を引用してみたかったという洒落としての意味合いもやっぱり大きいと思う。
東京から仙台までは人間ドラマが中心に描かれ、鈴芽と環の関係に大きな変化が訪れるとともに、芹澤の飄々としつつも芯の通ったキャラクター性が良い味を出していた。
・「死ぬのは怖いよ」
草太、千果、ルミ、環。
この旅を通して、誰かを大好きになり、大好きになってくれる誰かとたくさん出会った鈴芽は、あの日以来持ち続けてきた死生観がいつしかすっかり変わっていた。
・ダイジン
ダイジンが鈴芽に対する純粋な好意に基づいて行動していたのは最後でわかったけど、草太に対して明確な悪意を持っていたことに変わりはなかったので、手のひら返してかわいそうとは到底思えなかった。
もちろん、元々ダイジンが要石にされていたこと自体はかわいそうだけど、今回の物語におけるダイジンの行動に関してはあまり同情の余地はないかと…
・おかあさん
草太を救ってミミズを鎮めて万事解決かと思いきや、まだドラマが残っていた。
感動のピークと驚きのピークを最後に持ってくると、強いカタルシスが生まれて映画としての満足度がグッと高まることを改めて実感。
・ED
鈴芽の晴れやかな表情が印象的な帰路の描写が本当に嬉しい。
「行ってきます」に対して「おかえり」があることがいかに尊いか、という本作のメッセージ性にふさわしい締め方だった。
というわけで、色々な要素がてんこ盛りで、最初から最後までずっと楽しい映画だった。
その分物語の構造が少し複雑で難しいけど、映画自体を何回も観たり、監督のインタビューを読んだり、ネット上の考察を参考にしたりして、徐々に解像度が上がっていく感覚も面白かった。
「新海誠の集大成にして最高傑作」、その看板に偽りのない名作だと思います。